Wednesday, February 27, 2008

菜の名、花の名

雑草という名の草はなく
あるのはキク科イネ科マメ科その他の雑多な群落
今年はマメ科の当たり年だと家人が言った
去年猛威を振るったキク科はどうしたのかな
コンクリ張のテラスに綿毛をまっしろに積もらせて
あきれて笑うしかなかったあのキク科どもは
春女苑に始まって
春の野菊
葉っぱだけアザミで花はふつうの菊もどきのやつ
秋は姫紫苑
モノホンの紫苑なら大歓迎だが生えない紫苑を見上げるの大好きなのに
まああまりにもでかいから生えられても困る
関係ないが紫苑ちゃんは半端じゃない美人だしかも年齢不詳で字が汚い
それから襤褸菊いやあねえ名前からして花も襤褸っぽいまじ
荒地野菊ってのもあったなたぶん黄色くてしょぼいやつ
キク科のなかにイネ科も頑張っていた
ニラの花は好きだが摘むとニラ臭が風景を台無しにするから見るだけ
でも食う
鋏を持ってきて、傷んでないのを選ぶ
そのときだけニラ臭は旨そうな匂いに変わる
数珠球好きだったのに庭師のじいさんが根こそぎ持ってっちゃった
紫蘭はラン科?
あれもむしられたな
あと紫露草
ぴんくのはめずらしかったのに
ご本家露草は雑草エリアとちょっと離れているから難を逃れた
大好きな花だけどじーっと見てると火星人に見える
滅多に立ち入らない日陰に今年もたくさんドクダミが生えるだろう
お隣がまた種が飛ぶから除草剤撒いてもいいかって言いに来るだろう
ときどきお茶を作る為に採りに来る人がいるんだけど
いいですよって言ってしまう
だってこわいんだものおとなり
そういえばうちには荒地瓜も葛も生えない
適所じゃないってことか
葛の花すきなんだけどな

タイトルは「題名だけのスレ7」からお借りしました
http://po-m.com/forum/thres.php?did=83383&did2=866


*初出 http://po-m.com/forum/ [2007年2月19日15時15分]

Tuesday, February 26, 2008

くうらん

くうらん

シフォンケーキに入れるたまごの黄身は白身より一個分減らさなくてはならなかったのだ。

焼きあがった小麦粉と砂糖とたまごの混合物の底に二ミリほど金色の層がありちょっと削って口にしてみると樹脂のような質感のそれはたしかに小麦粉と砂糖とたまごの味がしてしかしそれはシフォンケーキとは別の食べ物だから包丁を差し入れてぺろんと、

切り離す

夕焼け、窓外に金色の

空の底、電線とビニールハウスの骨組みでこまぎれになった空に染め付けられた金色この風景には名前があった英語だったゴールデン、その次の単語は何だったろうか。

太陽は窓から見える風景には含まれておらず。

イメージの中でゆるゆるとうごく金色の球体。

降りてくるものだけ相手にしていればよいのだ。

そのとき
イメージの中のたまごの黄身がくるんと、

分裂する

薬缶、目前に湯の湧いた

いのちが奔流ならばそれは内を向いてひたすら内を向いて流れているのであり。

しゅうしゅうと音を立てて湯は煮えたぎりこんな湯では紅茶は入れられないのでガスを止めると音は止まる、はずが静かに小さく沸騰は続いていて。

イメージの中のたまごの黄身がぱちんと、

破裂する

金色、流れ出して底に溜まる。



  ★also readable:ウェブ女流詩人のつどい蘭の会創刊号「ほんだな」 テーマ:たまご
  ★初出:群青

かばんのなかみ

かばんのなかみ 沼谷香澄


オオサンショウウオを飼っています
ねずみ色の人造大理石のような色と模様をしています
食器棚の奥行きよりすこし短い体長ですが
尻尾はそれよりうんと長くて
特製の細長い蓋つきパイレックスのなかで
尻尾をくにゅと折り畳んでいます
尻尾はいつも左(私が顔を向き合わすと右)に
ゆりゆりとしています
目がうんと離れていて
口は歯が無くて、いえ
在るかも知れませんが見えないので噛まれても平気なように見えますが
噛ませたことはありません
瞼がないのでせつないです
鱗がないのでうざいです
一日二回、朝起きる前と夜寝た後に
食器棚のいちばん下の段を開けて
引き出して
水を交換して餌をやって顔を見ます
とくべつてんねんきねんぶつなので
陽に当てると埴輪になってしまうのです
今朝
オオサンショウウオの顔を思い出しながら
食器棚を開けたら
いませんでした
そしたら
目を抜かれて埴輪になったのは
わたしのほうでした
いつもは「いってきます」という夫が
「いってくる」とおかしなあいさつをして
でていきました
かばんのふくらみがいつもとちがうきがしましたが
きのせいでしょう

授業中、廊下に座りながら

今日は木曜
私の生まれた曜日です
お弁当にはカップラーメンを食べます

宿題に必ず出る積分のグラフに今日は何色を塗ろうかなと考えているうちに
掃除の時間が来ました
上履きに水がかかって嫌なんだけど
長靴を三足なくして買ってもらえなくなったのでしかたありません
今日もスリッパでトイレへ向かいます

いつか王子様が迎えに来てくれる
四人目の花嫁として
四人目でいいんです
一日一回でも笑いかけてくれれば
ただこの筋を切ってください
ロボトミー手術というそうです
うまくいけば私はきっとあなたのお役に立ちます
辞書から
嫉妬
という言葉がなくなるでしょう

Monday, February 25, 2008

 (1)

ひと仕事終えて振り向くと彼が
くしゃくしゃのベッドで丸くなって寝ていた
サイケの鳴っている小さなスピーカーを持って
隣に布団を引っ張ってきて横に寝ると
彼は私の指と目をしげしげと眺めてから
立ち上がり窓の外を見に行ってしまった
私は諦めて音楽をオルタナティヴに切り替えて
目をつむると気配がした
彼が戻ってきて
くしゃくしゃの布団の向こう
少し顔を上げれば目を見れる位置に横になっていた
彼の鼻だけ見て目を閉じた

 (2)

窓際に座っているので
パンを持って隣に座った
半分ちぎって渡そうとするとすこし引かれた
それで自分だけもしゃもしゃ食べ終えて体を寄せた
肩に顎を乗せたら嫌な顔をされた
椅子ごと抱きすくめたら
じっとしていた
顔を見たら気がつかない振りのつもりか
窓の外を見ていた
頬をくっつけて一緒に窓の外を見た
今日は空しか見えなかった
太陽は行ってしまったが
雲はまだ光っていた

トランスパラン

一音多い和音が滑らかに連なり
重ねどりのソプラノが頭蓋の裏をくすぐる
ワルツ
ボールルームへ視界が開け
ゴブランのクロス張りの壁
フラマンの絨毯
ジャカード張りのスツール
エンブロイダリーのカーテン
衣擦れ
百二十本の蝋燭がゆれて
スワロフスキーのシャンデリアに光が映り
天井からフレスコのエンジェルが覗く

ガレのランプが空気を塗り替える一角へ
ラリックの皿にオードブルを盛り
気配を消すのがいい
シャンパンの泡音がうるさくて
ビオラのカウンターメロディが聞こえない

この大きな部屋の底だまりを抜けて
広い空間を独り占めして
音と戯れる私の意識

消えてゆくものは美しい
踊れ

匂い

線香に火をつけて雨よけの下に置いてから墓石に水をかけると石があったまっちゃって割れるから石は雑巾で拭くくらいでいいんだよ、って、Bブロック3-187でお経を上げている最中に、そっちに立ち会っていた青い作業服のおじさんがわざわざBブロック3‐184の掃除をしにきた私達に言った。割れたらまたすごいお金がかかるから大事にしてね、とも言った。

ああそうですか、ありがとうご親切に、と私達は口々に答えた。

散らかった花びらを全部拾って、「○○家先祖代々乃墓」ではなくただ「やすらかに」とだけ刻まれた文字に溜まったままの水を気にしながら両手を合わせた。

背が低く横長の墓石だが線香の匂いは変わらない。いや値段の割にいいもの出してないなと思ったが口には出さなかった。煙い。煙い線香はよくない。

とにかく広い霊園の正面入り口のまん前の石屋が、花と貸し桶と線香をセットで1600円で出していてそれを使ったのだが、季節柄菊の花はなくてカーネーションの赤が目に痛かった。緑が足りないからフェニックスが背景に立つように組んでしっかり結わえられていた。フェニックス。

Bブロック2‐183の花は飾って何日経つのか、フェニックスの葉が黄色くなっていた。

帰りに、墓場の中に梅園があるから見に行こう、と誰かが言い、アルファベットじゃなくて数字の3区の隣の小さくもないスペースを端から端まで歩いた。鼻が届く高さに白とピンクの梅が満開で、いちいち匂いをかいで回った。

梅の花は人にこびる匂いがする。

ふりかえれば昔ながらの背の高い墓石。3区は区画全体に盛り土がしてあった。一区画が大きいのは、本家が買って、分家の墓や地蔵を建てるためだと思うが古い墓場で見られるような「家の墓」は見つからない。広い敷地に芝生がしかれていて、やっぱり鼻の届く高さに白水仙が咲いていたので、匂いを嗅いできた。

白水仙の匂いを体に入れると息がしやすい。

霊園から出るとき自動販売機ジャスミン茶を買って嗅ぎながら飲んだ。笑った。

帰り道は俗にいわゆる桜のトンネルでもうすこししたら徐行わき見運転で大渋滞になる道なのだが匂わない花に用はない。

家に帰ったら、風呂を沸かして、古くなったカモミールのお茶をぶちまけて入った。これは失敗。花弁がこまかいから薔薇と違って後片付けが大変。

タルコフスキーの短編をかけながら背を向けて眠りについた。

会った事のない叔母さんの夢を見た。

初出 http://po-m.com/forum/ [2007年2月18日13時25分]

Saturday, February 23, 2008

ひとつ、ふたつ

犬は一頭二頭
猫も一頭二頭
グッピーは一尾二尾
ミミズは?
知らない
知らないものは一匹二匹
虫は一頭二頭
だと聞いた
芋虫も?
そう
蝶は一枚?
ちがう、一頭
銃は一丁二丁
包丁も一丁二丁
ナイフは
ナイフも一丁二丁
人はひとりふたり
死体は一体二体
人形も一体二体
骨は一片二片
肉は一片二片
生は数えてはいけない
虫の生も人の生もひとしなみに矮小化される
死は数えられない
一つの生の終わりに
数詞をつけて数えるべきものではない


初出:http://po-m.com/forum/ [2007年3月20日11時56分]